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吉川五明 きっかわ ごめい

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美術人名辞典の解説

吉川五明

姓那波。名兄之。別号小夜庵・一方庵等。少時より俳諧に従う。一時美濃派や綾足の片歌説にも引かれたが後自得して正風を樹立し、乙二・長翆と共に奥羽四雄と称せられた。著書あり。享和3年(1803)歿、73才。

出典|(株)思文閣
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

吉川五明 きっかわ-ごめい

1731-1803 江戸時代中期-後期の俳人。
享保(きょうほう)16年生まれ。出羽(でわ)秋田の商人。はじめ談林風をこのみ,のち蕉風(しょうふう)に傾倒。奥羽四天王のひとりといわれ,一門は五百余名をかぞえたという。享和3年10月26日死去。73歳。本姓は那波。名は兄之(しげゆき),祐之。字(あざな)は了阿。通称は宗七郎。別号に小夜庵など。句集に「霜の声」など。
【格言など】流れ来て氷を砕く氷かな(「近世俳句俳文集」)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

吉川五明

没年:享和3.10.26(1803.12.9)
生年:享保16(1731)
江戸中期の俳人。幼名は伊五郎,通称,宗七郎,本名は兄之改め祐之,字は了阿。初号鼠河。別号,小夜庵,了閑亭,虫二房など。秋田の豪商那波三郎右衛門祐祥の5男として生まれ,同地の富商吉川惣右衛門吉品の養子となる。父の影響で幼いころより俳諧に親しみ,美濃派にひかれたが,23歳のころからは蕉風を志した。明和ごろ(1764~72)から俳名があがる。天明2(1782)年52歳で家督を譲り,俳事に専心した。岩間乙二,常世田長翠,小野素郷と共に奥羽四天王と称せられ,秋田蕉風の祖と仰がれた。代表句は「降る中へ降りこむ音や小夜しぐれ」など。<参考文献>『吉川五明集』上下(秋田俳書大系)

(加藤定彦)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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