吉正城跡(読み)よしまさじようあと

日本歴史地名大系 「吉正城跡」の解説

吉正城跡
よしまさじようあと

[現在地名]奈義町中島西

たき川右岸の吉政よしまさにある中世の山城。当地を丸山まるやまという。「東作誌」に本丸東西二一間・南北二五間とあり、土居は畑に変じ、東は川、西は山、南北は谷田大沼という。伊予河野家一族の桑村通之が流れてここに築城したと伝え、「美作太平記」によると菅家一族の有元氏が扶助したという。次いで子の与七兵衛、孫の右衛門が城主となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android