吉田島村(読み)よしだじまむら

日本歴史地名大系 「吉田島村」の解説

吉田島村
よしだじまむら

[現在地名]開成町吉田島

東と北境を酒匂(さかわ)川が流れ、西は金井島(かないしま)村・延沢(のぶさわ)村、南は牛島(うしじま)村と接し、南を東西に矢倉沢(やぐらさわ)往還が通り、東隣の松田惣領(まつだそうりよう)(現松田町)と結ぶ渡船場の十文字(じゆうもんじ)渡があった。武永田(ぶえいだ)堰が北東から東南に注ぐ。

中世には大井(おおい)庄に含まれ、文永三年(一二六六)六月一〇日の沙弥行日(二階堂行久)譲状(県史一)に「大井庄内吉田嶋」とあって向女房に譲られており、鎌倉末と推定される二階堂氏の年欠所領文書目録(同書)にもみえる。小田原衆所領役帳に庄式部少輔「弐拾貫文 西郡吉田島」、桑原右京進「百四拾貫文 西郡吉田島」と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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