酒匂川(読み)サカワガワ

デジタル大辞泉 「酒匂川」の意味・読み・例文・類語

さかわ‐がわ〔‐がは〕【酒匂川】

神奈川県西部を流れ、小田原市の東で相模湾に注ぐ川。古くは丸子まりこ川ともいい、たびたび洪水が起こった。長さ約50キロ。

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精選版 日本国語大辞典 「酒匂川」の意味・読み・例文・類語

さかわ‐がわ‥がは【酒匂川】

  1. 神奈川県西部の川。富士山の東斜面に発し、小田原市で相模湾に注ぐ。しばしば洪水をおこし、江戸後期には洪水で困窮した農村の復興に二宮尊徳が大きな功績を残した。古称、逆川。丸子(まりこ)川。

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日本歴史地名大系 「酒匂川」の解説

酒匂川
さかわがわ

富士山裾野と箱根山の北麓とに挟まれた静岡県御殿場ごてんば市付近に源を発し、足柄上あしがらかみ山北やまきた町で皆瀬みなせ川、同松田まつだ町で川音かわと(四十八瀬川)、小田原市の飯泉いいずみ橋の北方でかり川と合し、足柄平野の中央を貫流して相模湾に注ぐ。全長約四五キロ。

古くは「逆川」とも書かれ、「海道記」には「道は順なれども宿の逆川と云所に泊る、潮のさす時は上さまに水の流るればさか川といふ」とみえる。また中世には丸子まりこ川とよばれた。「吾妻鏡」治承四年(一一八〇)八月二三日条には源頼朝の挙兵に応じて赴いた三浦氏の軍が「依及晩天宿丸子河辺」とあり、同書承元四年(一二一〇)六月三日条には前日に土肥小早川の輩と松田河村一族とが「相模国丸子河」で納涼中に喧嘩をしたとある。「平家物語」巻一〇には「鞠子河」とも記される。「十六夜日記」には「まりこ河といふ河を、いとくらくてたどりわたる。こよひは、酒匂といふ所にとどまる」とみえ、鎌倉期から室町期にかけては酒匂宿(現小田原市)が存在した。永禄一二年(一五六九)武田信玄の小田原侵攻の際軍勢が「まりこ川」を渡った(北条記)とあるが、近世以降は丸子川とする史料は見当らない。

〔渡渉〕

近世に入ると東海道の整備とともに酒匂川の川越えが重視され、酒匂村と対岸の網一色あみいしき(現小田原市)とを結ぶ歩渡場が設けられた。正徳元年(一七一一)の幕府高札(「酒匂川旧記」有信会文書)には

<資料は省略されています>

と規定されている。また川渡しの地点以外の川越えは禁止されているが厳守されたわけではなく、嘉永四年(一八五一)小田原藩飯泉いいずみ(現小田原市)を回る旅人が増したとして「川場助成筋ニも相拘」るため、飯泉・多古たこ両村(現小田原市)の渡場に制止杭を立てている(同書)。川越えの賃銭については貞享二年(一六八五)の御引渡記録(県史四)には「乳通之水川越壱人ニ付銭四拾八文、あばら下横帯迄川越壱人ニ付銭三拾五文、俣切より地水迄川越壱人ニ付銭拾文」と定められたとあり、文政元年(一八一八)には三割増が認められ、そのうちの一割を川越人足に渡すこととされた(酒匂川旧記)

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百科事典マイペディア 「酒匂川」の意味・わかりやすい解説

酒匂川【さかわがわ】

神奈川県西部の川。長さ50km。上流は富士山東麓に発する鮎沢川で,山北町付近で河内川松田町で川音川(四十八瀬川)を合わせ,南流して小田原市で相模湾に注ぐ。下流は酒匂平野小田原平野とも)といわれる沖積平野で,古来洪水が多かった。中世には逆川とも。平野中部の栢山(かやま)(小田原市)は二宮尊徳の生地。江戸時代には東海道の整備に伴って歩渡場が設けられた。
→関連項目大井[町]小田原[市]小山[町]神奈川[県]御殿場[市]サツキマス水源の森林づくり事業松田[町]ヤマメ

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改訂新版 世界大百科事典 「酒匂川」の意味・わかりやすい解説

酒匂川 (さかわがわ)

神奈川県西部の川。富士山東麓の静岡県御殿場付近から流出して北東流し神奈川県に入る鮎沢川と,神奈川県北西部の丹沢山地西部から発して南流する河内(かわち)川とが合して酒匂川となり,箱根火山と大磯丘陵との間の足柄(あしがら)平野を南東流して小田原市酒匂で相模湾に注ぐ。幹川流路延長46km,全流域面積582km2。足柄平野の北端では丹沢山地から流出する川音(かわと)川を合わせ,平野の南端部では箱根外輪山から流出する狩川を合わせる。上流部は急傾斜で,多量の土砂を流出し,下流部の足柄平野では古来洪水に見まわれることが多かった。こうした洪水の防止と,急激な人口増と産業経済の伸展にともなって急速に増大する県東部の水需要に対応するため,酒匂川総合開発事業が実施された。これにより支流の河内川に上水の確保と洪水調節,発電などを目的とするロックフィル式の三保ダム(堤高95m,1978完成)がつくられ,丹沢湖が誕生した。また,下流の小田原市飯泉に取水堰が設けられ,小田原市のほか,横浜,川崎,横須賀の各市にも水道用水を供給している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「酒匂川」の意味・わかりやすい解説

酒匂川
さかわがわ

神奈川県西部の足柄平野(あしがらへいや)を流れる川。延長46キロメートル。流域面積582平方キロメートル。富士山東斜面の水を集める鮎沢(あゆさわ)川と、丹沢(たんざわ)山地西部の河内(かわうち)川の2川を源とし、松田町で秦野(はだの)盆地西部から下る四十八瀬(しじゅうはっせ)川をあわせ、小田原市で相模(さがみ)湾に注ぐ。古くは丸子(まりこ)川ともよばれた。この川は土砂の搬出量が多く、足柄平野のほとんど全域にわたって扇状地をつくり、三角州は河口近くの小地区にみられるにすぎない。そして、昔からたびたび洪水が起こったが、江戸中期の宝永(ほうえい)山の爆発のときに降った火山灰で本流がせき止められ、それが翌年の梅雨期の増水で一挙に流出し、谷口部の堤防を決壊し、復旧に18年間もかかったことは有名。江戸後期に下流部で起こった洪水では被災村落がひどく困窮し、二宮尊徳(にのみやそんとく)の報徳仕法で復興したことも広く知られている。下流流域では扇状地の豊富な伏流水を利用して、フィルム、印画紙などの写真材料や繊維、印刷などの近代工業がおこった。また、神奈川県内の水資源確保のため河内川上流に酒匂ダム(完成時は三保ダム)をつくって貯水し、下流の飯泉(いいいずみ)取水堰(しゅすいぜき)で取水する酒匂川総合開発事業が行われた。また、酒匂川は古くから天然アユの豊富さで知られ、首都圏有数の好釣り場となっている。

[浅香幸雄]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「酒匂川」の意味・わかりやすい解説

酒匂川
さかわがわ

神奈川県南西部を流れる川。全長約 45km。古くは丸子 (まりこ) 川ともいった。富士山の東斜面に発する諸河川を集める鮎沢川と,丹沢山地西部を南流する河内川が合流して酒匂川となる。東流ののち南流して,小田原市で相模湾に注ぐ。大量の土砂を運び,中流から下流にかけて扇状地性の足柄平野を形成しているが,しばしば洪水が発生し,早くから治水に力が注がれた。江戸時代初期小田原藩が河道を固定し,のちの洪水では二宮尊徳が復興に尽力した。第2次世界大戦後,酒匂川総合開発計画により,下流に飯泉取水堰が設けられ,上流に三保ダムが建設された。中流は丹沢山地と箱根山の間に峡谷を刻み,河内川の谷とともに景勝地をなす。

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