吉田漆島村(読み)よしだうるしじまむら

日本歴史地名大系 「吉田漆島村」の解説

吉田漆島村
よしだうるしじまむら

[現在地名]松任市吉田町(よしだまち)・漆島町(うるしじままち)

矢比島(やごろじま)村の西に位置し、北は向島(むかいじま)村など、西は寄新保(よりしんぼ)村。本村を吉田、枝村を漆島という。「延喜式」神名帳に載る石川郡「神田(カムタノ)神社」に比定される神田(かんだ)神社がある。嘉元三年(一三〇五)六月五日、中村(なかむら)庄雑掌公綱が訴えた同庄地頭の検注妨害に関して、「本郷吉田保」地頭代某も参洛を命じられ了承している(「沙弥某請文」讃岐弥谷寺蔵秘密対法集下裏文書)。「賀州本家領謂付日記」天文四年(一五三五)一〇月二七日条に慈寿(じじゆ)(慈受)院(現京都市上京区)領として、「イシカワヨシタ本郷二ケ所也」とみえ、慈寿院から年貢納入の口添えの依頼が本願寺証如にあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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