吉祥村(読み)きちじようむら

日本歴史地名大系 「吉祥村」の解説

吉祥村
きちじようむら

[現在地名]大木町三八松みやまつ

野口のぐち村の南に位置し、東はなか村、西は立石たていし(現柳川市)中世三潴庄の内。観応三年(一三五二)書写の安楽寺領注進状に筑後国一円所領の一つとして「三潴庄内吉祥今村凶徒大村小太郎押領」がみえる。吉祥村は応永二年(一三九五)閏七月二五日の天満宮領筑後国所領注文(太宰府天満宮文書/大宰府・太宰府天満宮史料一二)にもみえ、三潴庄内にありながら安楽寺(太宰府天満宮)領であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む