吉行村(読み)よしゆきむら

日本歴史地名大系 「吉行村」の解説

吉行村
よしゆきむら

[現在地名]東広島市西条(さいじよう)町吉行

西条盆地の北東端、四日市次郎丸(よつかいちじろうまる)村の東に位置する。北にそびえる竜王(りゆうおう)山に発する中(なか)川が東の桧山(ひやま)村境近くで西南に向きを変え、南の土与丸(どよまる)村を経て黒瀬(くろせ)川に注ぐ。桧山村とは平地続きであるが村境は黒瀬川水系と沼田(ぬた)川水系の分水嶺となっている。中世は寺町(てらまち)村に属し、「芸藩通志」に「豊田郡宇山村医某が家に、嘉吉元年平賀頼宗より将屋民部に寺町吉行の内を宛行といふ古文書を蔵せり」とあり、大永三年(一五二三)頃大内氏から「吉行方」二〇〇貫を与えられていた平賀氏は、これを家臣南氏に宛行っている(同年八月一〇日付「安芸東西条所々知行注文」平賀家文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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