吉郷村(読み)よしごうむら

日本歴史地名大系 「吉郷村」の解説

吉郷村
よしごうむら

[現在地名]東広島市西条(さいじよう)町郷曾(ごうそ) 吉郷

田口(たぐち)村の南、小田(おだ)山北から東流して黒瀬(くろせ)川に注ぐ小田山川沿いにある。小比曾大河内(こびそおおかわち)村を中央で分断するように村域があり、小比曾内の字市(いち)ノ畑(はた)と新開地柏原(かしようばら)に飛地があった。南や西の山も小比曾・大河内・吉郷の「三村入合の山」であった(芸藩通志)。

村高は慶長六年(一六〇一)の検地で二六六・七二二石とされ、うち一〇六石余が古河(ふるこう)川沿いの吉郷田口(よしごうたぐち)(国郡志下調書出帳)で、これが元和五年(一六一九)安芸国知行帳では一〇六・五石の田口村とされ、吉郷村は一六〇・五石となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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