吉長村(読み)よしながむら

日本歴史地名大系 「吉長村」の解説

吉長村
よしながむら

[現在地名]岸本町吉長

岸本村の北西、日野川下流右岸の沖積地に位置し、南西部を蚊屋かや井手が流れる。東方はかつて当村の枝村であった押口おさえぐち村、日野川を隔てて南西は大寺おおてら村。古くは馬心まごころ村と称したが、寛政八年(一七九六)領内限りで吉長村と改め(在方御定)、天保五年(一八三四)には改称幕府に届出た(藩史)。馬心の地名は天文年中(一五三二―五五)の日野川洪水のとき、中洲になった当村に残された馬が無事に川を渡って生還したときの故事に由来するという(大山町誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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