名瀬村(読み)なぜむら

日本歴史地名大系 「名瀬村」の解説

名瀬村
なぜむら

[現在地名]戸塚区名瀬(なせ)町

東は後山田(うしろやまだ)村、南東は秋葉(あきば)村、南は下柏尾(しもかしお)村・上矢部(かみやべ)村、西より北は岡津(おかづ)村、北は武蔵国都筑(つづき)郡二又川(ふたまたがわ)村(現旭区)に接する。阿久和(あくわ)川が上矢部村境を流れて南境で柏尾川に合流する。北に源を発する名瀬川は南流して上矢部村境を流れて阿久和川に合流する。鎌倉道が秋葉村から後山田村に通じ、東南に大山道が通る。大山道からは二又川道が分岐して二又川村に通じる。字五反田(ごたんだ)には秋葉堰がある。

応永元年(一三九四)一二月二五日の道高(上杉能俊)寄進状案(県史三)によれば「相模国山内庄秋葉郷内那瀬村」が二親ならびに上杉重能追善のため報国(ほうこく)寺(現鎌倉市)に寄進されている。年未詳一〇月七日の上杉憲能書状案(同書)によると、道高寄進状紛失のため孫の憲俊が報国寺に対し再び当地を安堵している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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