向中野村(読み)むかいなかのむら

日本歴史地名大系 「向中野村」の解説

向中野村
むかいなかのむら

[現在地名]盛岡市仙北せんぼく二―三丁目・南仙北みなみせんぼく一―三丁目・東仙北ひがしせんぼく二丁目・西仙北にしせんぼく二丁目・向中野

盛岡城下の南方、南流する北上川の西岸に位置し、奥州街道が通る。同街道東側に小鷹こたか刑場がある。北は仙北町せんぼくちよう村・仙北町・本宮もとみや村、南は紫波しわ津志田つしだ村、西は同郡飯岡いいおか新田(ともに現都南村)中世には中野郷のうちとされ、のちに当村と東中野・古中野こなかの三割みつわりの四村に分村したという(管轄地誌)。慶長一二年(一六〇七)の南部利直知行宛行状(盛岡東顕寺文書)に「向中野之内本宮」とみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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