日本歴史地名大系 「向宮田村」の解説 向宮田村むかいみやだむら 山形県:飽海郡遊佐町向宮田村[現在地名]遊佐町宮田(みやだ)大宮田(おおみやだ)村の西にあり、月光(がつこう)川中流左岸に位置する。堀(ほり)ノ内(うち)に宮田館跡があり、地内には古楯(ふるたて)・内堀(うちぼり)・外堀(そとぼり)・大木戸(おおきど)・内楯(うちたて)・外楯(そとたて)の地名が残っている。館主は初め土門氏、のち板垣氏に代わる。館は月光川を南北の要害とし、西方に大手口があった(出羽国風土略記)。同館主は天正九年(一五八一)七月二一日、武藤義氏の真室(まむろ)(現最上郡真室川町)攻略に参陣、同一一年武藤義興が出羽仙北(せんぼく)を攻めた際にも参陣し戦功があった。慶長六年(一六〇一)庄内最上氏領となるや、姓を石垣と改め当地にて一千石を与えられ(「仕場之覚」永田文書)、最上義光分限帳(色川文書)に一千石石垣河内守とある。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録では高九一石余。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by