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向山周慶 さきやま しゅうけい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

向山周慶 さきやま-しゅうけい

1746-1819 江戸時代中期-後期の医師,殖産家。
延享3年9月16日生まれ。藩命で製糖法を研究していた讃岐(さぬき)高松藩医池田玄丈にまなぶ。師の志をつぎ,薩摩(さつま)(鹿児島県)の関良助らの協力のもとに,サトウキビを栽培,白糖の製造に成功した。文政2年9月26日死去。74歳。讃岐出身。名は政章。姓は「むこうやま」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

向山周慶

没年:文政2.9.26(1819.11.13)
生年:延享3.9.16(1746.10.30)
江戸中期,讃岐国(香川県)大内郡湊村の医師。讃岐糖業の祖。高松藩主松平頼恭は宝暦(1751~64)ごろに砂糖生産に注目し,藩医池田玄丈に研究を命じた。玄丈のあとを向山周慶が継ぎ,寛政1(1789)年冬,砂糖製造に成功。このときは黒砂糖ではなかったかという。周慶は京都遊学中に薩摩の人と交際を深め,また四国巡礼の途次病にかかった薩摩の人関良助を助け,彼らの援助によって砂糖製造が成ったと伝えられる。寛政末ごろには,高松藩特産の雪白の白砂糖が製造されていた。享和3(1803)年,藩の薬坊主として召し抱えられた。<参考文献>岡田唯吉『讃岐製糖史』

(木原溥幸)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の向山周慶の言及

【白鳥[町]】より

…明治中期に大阪から技術を導入した手袋の生産は日本一であるが,最近アジアの発展途上国の追上げで苦境にあり,逆に台湾や中国へ工場を進出させている例も多い。江戸時代に讃岐三白(砂糖,塩,木綿)の一つに数えられた白砂糖の精製を始めた向山(さきやま)周慶の旧宅が残り,周慶をまつる向良(こうら)神社もある。湊川上流には五名ダムが築造され,また支流の黒川の渓谷には黒川温泉(単純硫化水素泉,18℃)があって,一帯は東さぬき自然休養村に指定されている。…

※「向山周慶」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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