吹越山
ふきこしやま
上切原と熊野川町西敷屋との境をなす峰の南端にあり、大峯七十五靡の行場の第四番にあたる。鎌倉初期頃の成立といわれる「諸山縁起」に「吹越の宿」とみえ、熊野から吉野山への順峯でいわゆる大峯奥駈けを行う修行者は、この宿で入峯の伝授と最初の試練を受けて出発したと考えられる。「続風土記」は山頂に役行者堂・金剛童子祠があり、毎年八月一日京都より山伏が来て護摩を修したと記す。
天保一〇年(一八三九)吉野から大峯を経て熊野に抜ける、いわゆる逆峯を行った聖護院門跡雄仁親王は、九月二日吹越山で護摩施行後、熊野山伏の案内で七越峰を越え、熊野本宮に入っている(「天保十亥年御入峰供奉日記」天理図書館蔵)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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