和仁屋村(読み)わなむら

日本歴史地名大系 「和仁屋村」の解説

和仁屋村
わなむら

[現在地名]中城和仁屋わにや

熱田あつた村の北にあり、東は中城なかぐすく湾に面する。喜舎場公(喜舎場村の創始者と伝える)子孫にあたる名嘉門中ほかで集落が創設されたという。絵図郷村帳に「わにや村」とみえる。琉球国高究帳にも「わにや村」とあり、高頭一三〇石余、うち田八六石余・畠四三石余。順治九年(一六五二)一一月五日には久米村系の魏氏(慶佐次家初代)三世魏瑞麟が名島として中城間切和仁屋を拝領しており(魏姓慶佐次家家譜)、同一四年には和仁屋と奥間うくま(現中城村)の二ヵ村に地頭所組立が行われている(「柳姓糸冽家家譜」三世柳起新浦崎親雲上康盈条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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