和泉新田村(読み)いずみしんでんむら

日本歴史地名大系 「和泉新田村」の解説

和泉新田村
いずみしんでんむら

[現在地名]新鶴村和田目(わだめ)

宮(みや)川(鶴沼川)下流左岸にあり、対岸は会津郡和泉村(現北会津村)、南は新屋敷(しんやしき)新田村。四周に肥沃な田畑が開けるが、水害が近年まで絶えなかった。元和九年(一六二三)和泉村など七ヵ村による開発が蒲生氏により許可され、寛永元年(一六二四)に山内四郎右衛門が和泉村のうちを開き、その子孫が代々肝煎を勤めている(新編会津風土記)。同書に元和九年閏八月二八日の板札の写が載る。寛文五年(一六六五)の「万改帳大沼郡中荒井組」によれば、泉新田村とあり、高二一一石余、免六ツ五分一厘余、本村は家数一八、竈二〇、男六四・女四三、馬一一、端村新屋敷は家数一、竈一、男六・女六、馬一・牛一。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)1 別の衣服に着替えること。特に夏冬の季節に応じて改めること。平安時代には、陰暦4月1日、10月1日に行われた。江戸幕府では、このほかに5月5日・9月9日などにも着替える定めがあった。現...

衣替えの用語解説を読む