和泉要助(読み)いずみ ようすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「和泉要助」の解説

和泉要助 いずみ-ようすけ

1829-1900 明治時代の発明家。
文政12年11月25日生まれ。もと筑前(ちくぜん)福岡藩士。明治3年鈴木徳次郎,高山幸助と人力車の製作にとりくんで成功。同年東京府より製造と営業の許可をうけ,人力車総行司となった。明治33年9月30日死去。72歳。本姓は長谷川。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内の和泉要助の言及

【人力車】より

…単に人力,俥(くるま),あるいは人車(じんしや),腕車(わんしや),力車(りきしや)ともいう。1869年(明治2)東京日本橋で料理人をしていた和泉要助が蓮台(れんだい)や西洋の馬車にヒントを得て考案,知人の鈴木徳次郎,高山幸助との連名で,東京府に製造と輸送業務を出願して営業許可を得,翌70年3月,日本橋南詰西側の高札場のかたわらに〈御免人力車処〉ののぼりを出して営業を開始した。当初の人力車は,4本柱を立てた箱に車輪と屋根をつけたようなものであったが,73年までにはすでに車体にスプリングをつけ,ほろや長いかじ棒を設けた,今も見られるような外見のものに改良されていた。…

※「和泉要助」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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