和田勝木古墳群(読み)わだかつぎこふんぐん

日本歴史地名大系 「和田勝木古墳群」の解説

和田勝木古墳群
わだかつぎこふんぐん

[現在地名]桜川村浮島

浮島(うきしま)の北端、霞ヶ浦に突出た和田岬にあり、かつては一八基の古墳が存在したといわれる。昭和四六年(一九七一)に四基が発掘調査され、三号墳は四号墳の祭壇であることが判明した。

一号墳は墳頂部に埋葬施設があったが副葬品はなかった。三号墳は直径一五メートルで、一辺約一五メートルの方形の堀を有し、埋葬主体はないが、墳丘中央部に礫使用の石組を造り、焚火の跡を残す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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