和田多沼村(読み)わだたぬまむら

日本歴史地名大系 「和田多沼村」の解説

和田多沼村
わだたぬまむら

[現在地名]南郷和多田沼わだたぬま

篦岳ののだけ丘陵大松沢おおまつざわ丘陵に挟まれた鳴瀬なるせ川および出来でき川の氾濫原中央の微高地に位置。南はふくふくろ村、北は馬場谷地ばばやち(現涌谷町)。仙台道が通る。和多田沼村とも記され、混同して使用された。現南郷町のほかの五ヵ村とは異なり、馬場谷地村と密接な関係にあった。寛永三年(一六二六)の伊達政宗領知黒印状(涌谷伊達家文書)に「馬場田沼谷地 七十町」とあって、馬場谷地村と田沼村の間の野谷地開墾を認めている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む