和賀村(読み)わがむら

日本歴史地名大系 「和賀村」の解説

和賀村
わがむら

[現在地名]山東町和賀

粟鹿あわが村の北西末歳まつさい村の東、しば川の下流域に位置する。古代山陰道の宿駅粟鹿駅の比定地と目されている。北東の山上に中世の城跡が残り、滝野氏の築いた滝野たきの城という。中世の和賀庄を継承する村名であるが、江戸時代には和賀・一品いつぽう早田わさだしば・粟鹿の諸村を和賀庄としている(但馬考)。山陰道筋で、「但州湯嶋道中独案内」では柴村・和佐田村(早田村)に続いて「わが村」が記される。正保(一六四四―四八)頃成立の国絵図に村名がみえ、高二六九石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む