善師野宿(読み)ぜんじのじゆく

日本歴史地名大系 「善師野宿」の解説

善師野宿
ぜんじのじゆく

[現在地名]犬山市善師野

尾張藩は木曾方面の藩領と山林支配を密にするために木曾街道(善師野街道・上街道)善光寺ぜんこうじ街道(下街道)を開設した。木曾街道は名古屋清水口しみずぐち(現名古屋市)より小牧こまき(現小牧市)・善師野を経て美濃国土田どたに出て中山道に連絡する道であり、この街道の宿駅として善師野宿が置かれた。土田まで二里、小牧まで三里、名古屋からは六里の地点。規定では人足五〇人・宿馬二五匹と臨時の用に備え新馬二五匹が置かれた。新馬は善師野村一二匹、塔之地とうのじ村八匹、今井いまい村五匹の割当。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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