日本歴史地名大系 「善応寺跡」の解説 善応寺跡ぜんのうじあと 山梨県:中巨摩郡白根町大嵐村善応寺跡[現在地名]白根町大嵐御勅使(みだい)川左岸の高台にある。かつては集落があったが、全戸が河原へ移り、寺だけが残った。「白根町誌」によれば現在廃寺。城守山と号し、臨済宗、甲府法泉(ほうせん)寺末。本尊釈迦如来。由緒(寺記)によれば、開山は鎌倉円覚寺二世の大休正念で、開基は笹見浦政綱。創立年代は不明だが、同じ大休を開山とする竜王(りゆうおう)町の善応寺が文永六年(一二六九)の創立と伝え、あるいはその頃ではないかと思われる。山号は大嵐(おおあらし)村が笹見浦氏の居城(須沢城)の跡地であったことにちなむという。慶長八年(一六〇三)の四奉行黒印で五一八坪が寺内として寄進されているが、慶応四年(一八六八)の時点では無住であった(寺記)。なお「甲斐国志」には黒印九一八坪と記されている。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by