善行寺跡
ぜんぎようじあと
[現在地名]福知山市字寺
寺町筋の北西端近くを南西に入った庚申横町の突当りにあったが、洪水により明治四三年(一九一〇)に現在の市内字天田の北岡の地に移転した。妙遠山と号し、日蓮宗。本尊は十界大曼陀羅。
寺伝によると貞和三年(一三四七)に曾我井庄堀村の湯ノ口に日像が道場を建てたのに始まるという。その後の寺歴は不明で、承応年間(一六五二―五五)日遥によって城下の下魚屋町通(のちの広小路)に移転、のちに寺町に再転という。
しかし稲葉紀通時代(寛永―正保)の福知山城下図には、すでに寺町の由良川堤防側、慶蔵庵と慈徳寺の間に善行寺が描かれ、承応以前に寺町にあったかと思われる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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