喜早伊右衛門(読み)きそう いえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「喜早伊右衛門」の解説

喜早伊右衛門 きそう-いえもん

1847-1906 明治時代の治水家。
弘化(こうか)4年生まれ。山形県村山郡楯岡町(村山市)の人。明治9年から6年をかけ私財を投じて同地に東沢堤をきずき,灌漑(かんがい)用水池東沢溜め池を完成させ,近隣7ヵ村200haの耕地をうるおした。明治39年死去。60歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む