喜沢村(読み)きざわむら

日本歴史地名大系 「喜沢村」の解説

喜沢村
きざわむら

[現在地名]小山市喜沢

東は出井(いでい)村、南は稲葉郷(いなばごう)、北は島田(しまだ)村飛地・大町(おおまち)村(新田宿)。日光道中宿村大概帳の小山宿の項では、小山宿へ二〇町、新田(しんでん)宿へ二七町、壬生(みぶ)通飯塚(いいづか)宿へ一里三町で、家並は五町余続く。当村で北東へ向かう日光街道から西へ壬生通が分岐する。壬生通一里塚が現存する。

文亀三年(一五〇三)三月一三日付の某判物(阿房神社文書)には「木沢之けん座役」が先例に任せて山王別当方より大夫兵衛五郎に渡されたことが記され、永禄八年(一五六五)三月八日にも「木沢之山王けんさ役」に式部大夫が任じられている(「小山秀綱書状」同文書)。天文五年(一五三六)と推定される一一月二七日の小山高朝伊勢役銭算用状写(佐八文書)に、小山領上郷分として「きさワ」がみえ、八五〇文を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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