四本松城跡
しおのまつじようあと
[現在地名]岩代町上長折
口太川(広瀬川)左岸、字古館の山上一帯にある中世の城館跡。山頂は標高約三一六メートルで、北東部は比高約一〇〇メートルの急崖で口太川に落込んでいる。川に沿って塩松地方でも重要な道が通じており、要害の地である。「相生集」に「この館に住せしもの異説多く」とあり、また当城の推定所在地は複数あるが、「積達古館弁」は上長折村とする。近くに四本松の字名が残る。当城は奥州合戦後、源頼朝から当地を与えられた田原秀行が築いたと伝える(相生集)。「積達古館弁」には文明(一四六九―八七)の頃石橋義衡が築城したが、まもなく上太田住吉山城(現東和町)へ移ったとあり、「積達大概録」にも石橋義久(尚義)の居館とある。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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