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四条隆衡 しじょう たかひら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

四条隆衡 しじょう-たかひら

1172-1255* 鎌倉時代の公卿(くぎょう)。
承安(じょうあん)2年生まれ。四条隆房(たかふさ)の子。母は平清盛の娘。後鳥羽上皇の近臣となり,建仁(けんにん)2年参議。建保(けんぽ)2年正二位,承久(じょうきゅう)元年(1219)権(ごんの)大納言にすすむ。のち按察使(あぜち)。安貞元年出家。「新勅撰(ちょくせん)和歌集」などに歌がみえる。建長6年12月18日死去。83歳。初名は長雅。通称は鷲尾大納言。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

四条隆衡

没年:建長6.12.18(1255.1.27)
生年:承安2(1172)
鎌倉時代の公卿。正二位権大納言。富裕な院近臣。父は権大納言四条(藤原)隆房,母は平清盛の娘。後鳥羽上皇の外戚として勢威を振るった内大臣坊門信清の婿だったこともあって,後鳥羽の近臣となり,その年預を務めた。また父隆房が土御門天皇の乳父だったことから,土御門にも近侍した。承久の乱(1221)後は新天皇後堀河の母北白河院に接近し,その勅別当,執事となった。安貞1(1227)年出家。富裕で知られ,その富威は嘉禄2(1226)年に女房20人,侍20人,侍従300人を引きつれ天王寺に参詣したというエピソードによく表れている。

(秋山喜代子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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