承安(読み)ショウアン

デジタル大辞泉 「承安」の意味・読み・例文・類語

しょうあん【承安】

《「じょうあん」とも》平安末期、高倉天皇の時の年号。1171年4月21日~1175年7月28日。

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関連語 きよもり

精選版 日本国語大辞典 「承安」の意味・読み・例文・類語

じょうあん【承安】

  1. ( 「しょうあん」とも ) 平安末期、高倉天皇の代の年号。嘉応三年(一一七一)四月二一日、天変地災により改元。後白河法皇の院政の時代。承安五年(一一七五)七月安元(あんげん)と改元された。出典は「書経‐洛誥」の「王命レ予来、承二保乃文祖受命民一」の注に「言王命レ我来、承下安汝文徳之祖、文王所二受命一之民上」とあり、正義に「承安者、受二文王之意一、安二定此民一」とあるによる。

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日本の元号がわかる事典 「承安」の解説

しょうあん【承安】

日本の元号(年号)。平安時代の1171年から1175年まで、高倉(たかくら)天皇の代の元号。前元号は嘉応(かおう)。次元号は安元(あんげん)。1171年(嘉応3年)4月21日改元。災変、厄会を断ち切るために行われた(災異改元)。『尚書(しょうしょ)』を出典とする命名。承安年間は、高倉天皇の父帝の後白河(ごしらかわ)法皇による院政が行われていた。平氏の全盛期で、当主の平清盛(きよもり)は1168年(仁安3)に病に倒れ出家したが、一族は全国に広大な領地を所有し日宋貿易で莫大な財貨を手に入れて、その権勢は頂点を極めていた。平時忠(ときただ)が「平氏にあらずんば人にあらず」と豪語したとされるのは、この頃のこと。

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