国分元杏(読み)こくぶん げんきょう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「国分元杏」の解説

国分元杏 こくぶん-げんきょう

1820-1875 幕末-明治時代の儒者。
文政3年生まれ。はじめ医学をまなび,のち江戸で増島蘭園(らんえん),芳野金陵(よしの-きんりょう)に儒学をまなぶ。陸奥(むつ)磐井郡(岩手県)藤沢村に帰郷し,医業のかたわら,子弟に儒学をおしえた。明治8年死去。56歳。名は盛甫。号は翠陰。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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