国安城跡(読み)くにやすじようあと

日本歴史地名大系 「国安城跡」の解説

国安城跡
くにやすじようあと

[現在地名]水府村国安 要害

標高一八〇メートルほどの要害ようがい山の頂上にある。別名高館たかだて竜貝りゆうがい城・要害城ともいう。北と南東には空堀が残り、尾根伝いの北方の峰、南東の端には平坦部があり、物見櫓・辰見櫓の跡地を思わせる。中腹に弓馬訓練場跡と推定される広場がある。山の南向斜面には平坦地が階段状に並ぶ。延元年間(一三三六―四〇)西野民部大夫温通が初めて築いたと伝え、のち山入師義が修築し居住した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 ようがい 子孫

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む