国江新郷(読み)くにえしんごう

日本歴史地名大系 「国江新郷」の解説

国江新郷
くにえしんごう

[現在地名]豊田市和会かずえ

市域最南端部に位置し、村域は明治用水枝下しだれ用水に挟まれる。五箇新郷の一つ。近世を通じて岡崎藩領。

寛文八年(一六六八)国江新郷検地帳(上和会区有)によれば、一〇人の名請人がおり、うち屋敷持は八人で、同五年国江村から分村した八戸がこれにあたると考えられる。同八年から延宝二年(一六七四)まで毎年新田畑が開発される。寛文四年から釜土かまど池が開発されるが享保五年(一七二〇)の釜土池丁間水積(近世上野雑抄)によれば、国江新郷の土地一二町八反余が釜土池の水掛りを受けている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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