土地復権同志会(読み)とちふっけんどうしかい

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

土地復権同志会
とちふっけんどうしかい

明治末の農村救済団体。1902年(明治35)4月宮崎民蔵(滔天(とうてん)の兄)によって組織された。05年9月『土地均享(きんきょう) 人類の大権』を著した宮崎は、アメリカの経済学者ヘンリー・ジョージの影響を受けて、土地の平等な分配と土地のみへの課税を主張して運動を展開。この土地均享主義は孫文の三民主義にも影響を与えた。06年以後、宮崎らは山梨、長野、新潟、大阪など諸府県の農村を巡回、小作人団体などに土地の共有を議会に請願するよう呼びかけて支持を広げた。運動は、農村の地主制を土地の有償払い戻し方式で解消させようとするものであったが、10年の大逆事件に際し、『熊本評論』で紙面を提供していた同郷の同志松尾卯一太(ういった)、新美卯一郎(にいみういちろう)(いずれも死刑)が関係していたとして弾圧を受け、自然消滅した。[滝澤民夫]
『「土地復権同志会紀事」(『革命評論』所載/『明治社会主義史料集 第8集』所収・1962・明治文献資料刊行会) ▽宮崎龍介他編『宮崎滔天全集』全5巻(1971~76・平凡社)』

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世界大百科事典内の土地復権同志会の言及

【宮崎民蔵】より

…徳米300俵を数える郷士の家に生まれたが,小作人の悲惨を救うべく,土地問題の解決に取り組んだ。1902年,東京で土地復権同志会を創立し,全国遊説も行ったが,大逆事件に関連しての弾圧を受けて,同会は自然消滅の道をたどった。その理論は,天賦の人権と同様に,天成の土地は人類がその享有権を均等にもつとする。…

※「土地復権同志会」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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