コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

土川平兵衛 つちかわ へいべえ

3件 の用語解説(土川平兵衛の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

土川平兵衛 つちかわ-へいべえ

1801-1843 江戸時代後期の一揆(いっき)指導者。
享和元年生まれ。近江(おうみ)(滋賀県)三上村の庄屋。天保(てんぽう)13年幕府が検地のため勘定方市野茂三郎を派遣した際,田島治兵衛らとともに甲賀,野洲,栗太3郡の4万名ともいわれる農民を指揮して強訴,市野から検地10万日延期の証文をかちとった(三上山騒動)。捕らえられて天保14年4月15/25日獄死。43歳。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

土川平兵衛

没年:天保14.4.25(1843.5.24)
生年:享和1(1801)
江戸後期の近江国(滋賀県)三上村庄屋。平兵衛とイシの子。天保13(1842)年に近江国甲賀・野洲・栗太郡に発生した検地反対一揆(三上騒動)の指導者のひとり。空地,新開場見分を目的としたこの検地は,幕府天保改革の一環として強行された。平兵衛はほかの庄屋たちと肥料値段対策を名目とした会合をもって一揆を準備した。一揆は三上村で検地役人幕府勘定方市野茂三郎へ強訴し,検地10万日延期の証文を受け取って解散した。一揆後発頭人として獄門とされたが,江戸で牢死した。杉谷村の西浦九兵衛や市原村の田島治兵衛らと共に,天保義民として明治20(1887)年ごろから盛んに顕彰され今日に至っている。

(保坂智)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

土川平兵衛
つちかわへいべえ
(1801―1843)

江戸時代、天保(てんぽう)期の義民。近江(おうみ)国野洲(やす)郡三上(みかみ)村(滋賀県野洲市)の神戸(かんべ)の生まれで、幕領三上村の庄屋(しょうや)を勤めた。1842年(天保13)、天領の検地増石をねらって、幕府勘定方市野茂三郎らが出向いたとき、野洲、甲賀(こうか)、栗太(くりた)の3郡の百姓約1万余人が一揆(いっき)を起こして検地を阻止した。これを三上騒動または甲賀一揆というが、平兵衛はその首謀者の1人として江戸で獄死。のち「平兵衛大明神」と尊敬された。三上山麓(さんろく)に記念碑がある。[横山十四男]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

土川平兵衛の関連キーワード三上山高橋春斎田島治兵衛田中安右衛門探志服部善七藤田宗兵衛三上角上三上千羅幽篁舎嘯月

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone