地本村(読み)じもとむら

日本歴史地名大系 「地本村」の解説

地本村
じもとむら

[現在地名]中条町地本

南を胎内たいない川が流れ、東は八幡新はちまんしん村、西は高畑たかばたけ村、北は江尻新えじりしん村・富岡とみおか村に接する。文永四年(一二六七)一二月日の某不作田地注文案(山形大学所蔵中条家文書)に「ちもと」とみえ、「ろくろのしんほ」「けんたいふ江しりのうしろ」「かわよりにし」など九ヵ所計一一万三千二八〇苅の不作田畑が書きあげられている。近世は初め村上藩領、宝永六年(一七〇九)幕府領正保国絵図に高一五〇石余とある。寛文四年(一六六四)三月胎内川の洪水により村の耕地の三分の二が流失し、居宅を移す村民もあったと伝える(皇国地誌)。このためか同一三年の村上領高辻帳(大滝新蔵氏蔵)には高三五石六斗余とのみ記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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