坂北村(読み)さかきたむら

日本歴史地名大系 「坂北村」の解説

坂北村
さかきたむら

面積:二九・六六平方キロ

四阿屋(あずまや)山と青柳(あおやぎ)城の峰を境として東北は麻績(おみ)村と接し、西は第三紀水成岩の岩殿(いわどの)山脈を境に生坂(いくさか)村に接し、南は本城(ほんじよう)村と明科(あかしな)町の一部と接する。本城村から流れ出す東条(ひがしじよう)川と西条(にしじよう)川が、村の中央部で麻績川にそれぞれ合して、小盆地をつくっている。

江戸時代は初め会田(あいだ)組、宝暦年間(一七五一―六四)に分離した坂北組に属した。青柳郷から青柳村・仁熊(にゆうま)村・竹場(たけば)村・桑関(くわぜき)村の四村となる。仁熊村からは別所(べつしよ)村が、更に別所村から荻新田(おぎしんでん)村が分村し、青柳村からは青柳町村・中(なか)村・苅谷沢(かりやさわ)村が分れた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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