坂越郷(読み)さこしごう

日本歴史地名大系 「坂越郷」の解説

坂越郷
さこしごう

和名抄」所載の郷。訓は高山寺本に「佐古之」。延暦一二年(七九三)二月二九日の播磨国符案(東大寺文書)に禁断山一処として坂越郷墾生山、年月未詳の東大寺牒案(同文書)には「応禁断塩山壱処」として同様に記される。塩山は揚浜式塩田の海水を煎熬するための薪を伐採する山。同年四月一七日の播磨国坂越・神戸両郷解案(石崎直矢氏旧蔵文書)によれば、天平勝宝五年―七歳(七五三―七五五)の間播磨守大伴宿禰が開発し、在地の秦氏を目代として管理させたが、秦氏は塩堤の築造に失敗して退去した。同八歳同地の塩山四〇余町歩が東大寺に勅施入されたが、延暦七年大伴宿禰(犬養)が来て塩山の境を勝手に移し山林を伐採した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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