坊主窪古墳群(読み)ぼうずくぼこふんぐん

日本歴史地名大系 「坊主窪古墳群」の解説

坊主窪古墳群
ぼうずくぼこふんぐん

[現在地名]山辺町大寺

山形盆地の西縁、白鷹(しらたか)丘陵東端の丘陵線上、標高二四〇メートル前後に位置する。一号墳は山形盆地で最初に確認された小型の前方後円墳で、現在のところ奥羽山脈を境とした日本海側では北限の前方後円墳である。前方部前端が道路によって破壊されているが、主軸長は推定二六メートル、後円部径一六メートル、高さ一・八メートル、前方部前端幅推定約一四メートル、高さ一・二メートルの規模をもち、幅五〇センチ前後の周溝をめぐらす。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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