城ヶ島村(読み)じようがしまむら

日本歴史地名大系 「城ヶ島村」の解説

城ヶ島村
じようがしまむら

[現在地名]三浦市三崎みさき町城ヶ島

三崎町の南に太平洋の荒波から三崎町を守る防波堤のように位置する。東に安房あわ崎、西に長津呂ながつろ崎、その北になだヶ崎、北にあそびヶ崎がある。属島として島・かま島・千鳥ちどり島・へび島・島・赤羽根あかばね島・くろ島・しろ島などがあり、蠣高根・矢立根・中根・粒根・神楽高根などの根(漁礁)がある。「北条五代記」によれば、永正一三年(一五一六)七月に北条早雲の攻撃で落城した新井あらい城より脱出した三浦氏の家臣らが城ヶ島に向かい、後に三崎十人衆と称し当地を給されたといい、また永禄八年(一五六五)三月に北条氏康・氏政父子が桜花見物のために渡島したという。「関八州古戦録」には、弘治二年(一五五六)一〇月初旬に北条氏と里見義弘との合戦で、義弘が当島に陣取りしたという。

生活はほぼ漁業専業であったと思われ、慶安元年(一六四八)の城ヶ島割付(「非常御用留」浜田文書)によれば、米九石九升一合八勺、ただし三つ取り、金三両二分二朱は船役、ただし板船四艘・丸木舟二一艘であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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