日本歴史地名大系 「城ヶ島村」の解説
城ヶ島村
じようがしまむら
三崎町の南に太平洋の荒波から三崎町を守る防波堤のように位置する。東に
生活はほぼ漁業専業であったと思われ、慶安元年(一六四八)の城ヶ島割付(「非常御用留」浜田文書)によれば、米九石九升一合八勺、ただし三つ取り、金三両二分二朱は船役、ただし板船四艘・丸木舟二一艘であった。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
三崎町の南に太平洋の荒波から三崎町を守る防波堤のように位置する。東に
生活はほぼ漁業専業であったと思われ、慶安元年(一六四八)の城ヶ島割付(「非常御用留」浜田文書)によれば、米九石九升一合八勺、ただし三つ取り、金三両二分二朱は船役、ただし板船四艘・丸木舟二一艘であった。
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