コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

浦賀奉行 うらがぶぎょう

6件 の用語解説(浦賀奉行の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

浦賀奉行
うらがぶぎょう

相模国浦賀に設けられた江戸幕府直轄地の遠国奉行の一つ。格式が 1000石で,老中の直接指揮を受ける要職であった。享保5 (1720) 年に下田から転置された。浦賀番所を主管し,付近の天領の施政権を兼有していたが,おもな任務は江戸湾の出入船舶を改めることであった。特に天保8 (1837) 年,アメリカ船『モリソン』号の浦賀来航 (→モリソン号事件 ) 以来,その任務も重大となり,ペリー来航の際には主要な役割を果した。初めは江戸に在勤していたが,外国との交渉が恒常的になると,現地で執務した。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

うらが‐ぶぎょう〔‐ブギヤウ〕【浦賀奉行】

江戸幕府の遠国(おんごく)奉行の一。江戸湾に出入りする船、および奥羽大坂間の廻船の荷物を検査し、併せて付近の幕府領と浦賀の町政をつかさどった。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

浦賀奉行【うらがぶぎょう】

江戸幕府の遠国奉行の一。高1000石,役料500俵。1720年伊豆下田番所を廃し,相模浦賀番所(現神奈川県横須賀市)を設置したことにより創設。下田奉行から転じた堀利雄が初代奉行に就任。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

うらがぶぎょう【浦賀奉行】

相模国三浦郡西浦賀(横須賀市)に設けられた浦賀番所の長官。江戸幕府遠国(おんごく)奉行の一つ。老中支配に属し芙蓉間詰,高1000石,役料500俵。配下に与力12騎,同心50人がつき,浦賀の回船問屋が付属した。初代堀隠岐守利雄以下52名が歴任。番所は1720年(享保5)12月伊豆国下田番所を廃し,翌21年浦賀に移した。江戸への入船はすべてここで検査され,沿岸防備と江戸を中心とする商品流通機構の統制機関となった。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

うらがぶぎょう【浦賀奉行】

江戸幕府の遠国奉行の一。浦賀出入りの船舶および回漕かいそう米穀・貨物などの検査をつかさどった。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

浦賀奉行
うらがぶぎょう

江戸幕府の遠国(おんごく)奉行の一つ。1616年(元和2)伊豆に下田(しもだ)奉行が置かれたが、1720年(享保5)12月に相州浦賀へ移った。その職務は、江戸に出入りする廻船(かいせん)の積み荷と奥州から大坂へ送る米穀を検査し、あわせて近在の幕府領ならびに浦賀町中の民政をつかさどった。老中支配に属し、高1000石、平常は属僚を遣わして職務の遂行にあたらせ、奉行は江戸にあって執務した。しかし幕末に異国船が江戸湾に来航するようになると、高2000石となり、従来の職務のほかに、国防上から沿岸防備をはじめ、異国船の取扱いまで幅広く命ぜられ、1862年(文久2)以後、奉行は浦賀に駐在するようになった。元来長崎奉行の次席であったが、安政(あんせい)(1854~60)のころより要職として格式も高くなり、長崎奉行の上席に列するに至った。[柚木 学]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

今日のキーワード

エンゲルの法則

家計の総消費支出に占める飲食費の割合 (エンゲル係数 Engel coefficientと呼ぶ) は,所得水準が高く,したがって総消費支出が大きいほど低下するというもの。エンゲル係数は国民の消費生活面...

続きを読む

コトバンク for iPhone

浦賀奉行の関連情報