城山貝塚(読み)しろやまかいづか

日本歴史地名大系 「城山貝塚」の解説

城山貝塚
しろやまかいづか

[現在地名]徳島市徳島町城内

現在、徳島中央公園内となっている、旧徳島城内の城山山麓の標高約一メートルに所在する。遺跡は現在までに五ヵ所確認されており、一号貝塚・二号貝塚は岩陰、三号貝塚は海食洞窟である。周辺の岩肌には海食痕が残されており、貝塚形成当時の海岸線がきわめて近くまで達していて、城山全体が島としての地形を形成していたことをうかがわせる。大正一一年(一九二二)当時東京帝国大学理学部助教授であった鳥居龍蔵によって県内最初の考古学的調査が行われた。調査が行われたのは一―三号貝塚で、鹹水産のハマグリアサリカキハイガイなどを主体としている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む