城村城跡(読み)じようむらじようあと

日本歴史地名大系 「城村城跡」の解説

城村城跡
じようむらじようあと

[現在地名]山鹿市城 城

岩野(いわの)川左岸、菊鹿(きくろく)盆地の西端を画する標高五〇メートルの丘陵突端部に立地する。有働(うどう)城ともいう。菊池氏の一族で三老臣家の城氏が代々居城し、のち隈部氏の支配に移り隈部親泰が居城したという。天正一六年(一五八八)閏五月一四日の豊臣秀吉朱印状(小早川文書)に記される「山賀之城」は、隈部親泰とのかかわりから当城と推定される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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