城間正安(読み)グスクマ セイアン

20世紀日本人名事典 「城間正安」の解説

城間 正安
グスクマ セイアン

明治期の農民運動指導者



生年
尚泰13年8月19日(1860年)

没年
昭和19(1944)年8月

出生地
琉球国那覇(沖縄県)

経歴
生家は士族だったが、家運が傾き学校を中退。沖縄県の農事試験場雇を経て、明治17年製糖教師として宮古島赴任。人頭税下の農民の苦境に接して人頭税廃止運動を展開、中村十作らと上京して国会に訴え、沖縄の旧制改革の端緒を開いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

朝日日本歴史人物事典 「城間正安」の解説

城間正安

没年:昭和19.8(1944)
生年:尚泰13.8.19(1860.10.3)
近代沖縄の人頭税廃止運動の指導者。那覇に生まれ,農事試験場でサトウキビ栽培や製糖の技法を研究した。明治17(1884)年に宮古島の製糖指導員に任命され,以後10年間その職務に専念した。かたわら島民の貧しい生活を憂え,その元凶である人頭税の撤廃を痛感した。中村十作(新潟県出身)と共に島民を指導し,妨害を受けながらも国会請願運動を展開するなどして悪制廃止実現に貢献した。<参考文献>佐久本嗣宗『隠れたる偉人

(高良倉吉)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「城間正安」の解説

城間正安 ぐすくま-せいあん

1860-1944 明治時代の農民運動家。
尚泰王13年8月19日生まれ。廃藩置県後,沖縄県農事試験場につとめ,沖縄ではじめて白下糖(しろしたとう)製造成功。宮古島の農民の窮状に接し,明治26年中村十作とともに人頭税廃止を国会に請願,10年後の実現にみちびいた。昭和19年8月死去。85歳。琉球出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「城間正安」の解説

城間 正安 (ぐすくま せいあん)

生年月日:1860年8月19日
明治時代の農民運動指導者
1944年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の城間正安の言及

【沖縄[県]】より

…琉球政府の収入を一定ならしめるためとも,他の地への移住を禁止するためにともいわれている人頭税は宮古・八重山で典型的に見られ,反布で上納されていた。宮古の人頭税撤廃に立ち上がった農民を支援したのは,製糖指導員城間(ぐすくま)正安と新潟県人中村十作である。2人は人頭税の納期に縊死や身投げが続発するのをみて農民に同情し,運動に尽力することになった。…

※「城間正安」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

今日のキーワード

カイロス

宇宙事業会社スペースワンが開発した小型ロケット。固体燃料の3段式で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発を進めるイプシロンSよりもさらに小さい。スペースワンは契約から打ち上げまでの期間で世界最短を...

カイロスの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android