堀越城跡(読み)ほりこしじようあと

日本歴史地名大系 「堀越城跡」の解説

堀越城跡
ほりこしじようあと

[現在地名]弘前市堀越 川合・柏田

弘前市の東南、ひら川と大和沢おおわさわ川の合流点の南西にある平城跡。本丸付近の水準点は四一・六メートル。

建武四年(一三三七)七月日の曾我貞光申状案(遠野南部文書)に、同三年のこととして「同年七月 新里堀越両所被楯築之時 敵倉光孫三郎出張致合戦之時 依抽軍忠 若党印東小四郎光盛仕分捕候了 次小河又三郎貞長左耳下被射通候了 仕生虜二人候了」とあり、北朝方の曾我貞光が新里にさととともに館を築いており、これが堀越城の創設と思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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