日本歴史地名大系 「堅子村」の解説 堅子村かたこむら 三重県:鳥羽市堅子村[現在地名]鳥羽市堅子町的矢(まとや)湾湾口北岸にあり、東は千賀(せんが)村。堅子東岸と堅子の遺跡からは縄文期土器片や石鏃・石錘が出土。「神鳳鈔」には「竈子御厨一丁八反四十歩」とあり、「外宮神領給人引付」(神宮文庫蔵)に「子御厨」とある。近世を通じて鳥羽藩領で答志(とうし)郡に属する。享保一一年(一七二六)の村差出帳(徳川林政史蔵)によると、高五五・四七五石のうち四・七二六石が水主米高として寛文四年(一六六四)から定引となり、反畝不明の無地が一斗九合とある。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by