報土寺跡(読み)ほうどじあと

日本歴史地名大系 「報土寺跡」の解説

報土寺跡
ほうどじあと

中世に存在した時宗道場。放生津(ほうじようづ)潟から内(うち)川が流れ出る地点の南側、今堀(いまほり)に位置した。東放生津の地域で、近世法土寺(ほうどうじ)村の東辺にあたる。一帯は時衆の拠点地域で、正応五年(一二九二)の他阿真教の賦算(布教)以来(遊行上人縁起絵)、越中では放生津周辺と小矢部(おやべ)川流域で時衆が増加した。以来報土寺はその中心道場となり、時衆過去帳(清浄光寺蔵)には一四世紀中頃以降一六世紀前半まで寺名がみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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