堺町三丁目・堺町四丁目(読み)さかいまちさんちようめ・さかいまちよんちようめ

日本歴史地名大系 「堺町三丁目・堺町四丁目」の解説

堺町三丁目・堺町四丁目
さかいまちさんちようめ・さかいまちよんちようめ

[現在地名]中区堺町二丁目

山陽道に沿う町で、東は堺町二丁目、西は小屋(こや)川(天満川)に架かる小屋橋(天満橋)まで。北は広瀬(ひろせ)村、南も広瀬村のうち小網(こあみ)町などの町方で、山陽道沿いにできた堺町によって広瀬村は南北に二分される。広瀬組に属した。

元和五年広島城下絵図では三―四丁目付近に「堺町」とあるのみで、寛永二年広島町数家数改め(済美録)では「さかい町三丁目四丁目」として本家六一軒・借家六軒と記す。「知新集」では三丁目とその北の西大工(にしだいく)町を結び町として町間数二丁二間八歩五毛、竈数一〇一(本竈三七・借竈六四)、人数四〇三(男二一二・女一九一)、うち大工一八人、桶屋・畳刺・傘張各一人と記す。また四丁目は独立させて、町間数一丁五一間三歩三厘、竈数四七(本竈二〇・借竈二七)、人数二一二(男一〇四・女一〇八)、うち本道医・大工各一人と記す。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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