塔塚廃寺跡(読み)とうのつかはいじあと

日本歴史地名大系 「塔塚廃寺跡」の解説

塔塚廃寺跡
とうのつかはいじあと

[現在地名]上峰村大字前牟田字坊所

背振せふり山地山麓より南に延びる洪積層中位段丘の南端近く、標高一一メートルの、通称「塔の塚松」にある奈良時代の寺院跡。

「佐賀県史蹟名勝天然紀念物梗概」(大正一四年刊)に、「大寺院の塔の趾ならむか同所は小高く森の如き観相をなし中に五個礎石あり、中央に目通廻壱丈三尺高さ七丈二尺の美事なる老松聳え天を摩するの概あり、礎石の間東西一八尺八寸南北一四尺七寸礎石の最大なるもの直径三尺九寸あり」とある。東西一一メートル、南北一二メートル、高さ〇・六メートルの土壇上に、塔心礎と思われる自然石を囲み、四個の自然石があり、いずれも長径一メートル余り、間隔は六―五メートル、付近に布目瓦が散布していた(「佐賀県史蹟名勝天然紀念物調査報告」第九輯・昭和一五年)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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