塚場町(読み)つかばちよう

日本歴史地名大系 「塚場町」の解説

塚場町
つかばちよう

[現在地名]館林市西本町にしほんちよう本町ほんちよう一丁目

館林城下北西端にあり、城下を南北に縦貫する日光脇往還から西へ進み、太田口門(江戸時代初期は足利口門)に至る太田往還(現県道足利―館林線)両側に開けた町。延宝二年(一六七四)の城下町図に町名がみえる。「館林記」によれば板葺交じり造家一〇六、男二六〇・女二〇四、馬二四とあり当時城下一九町中最大の町。弘化三年(一八四六)の町方引渡帳(館林藩史料)では長さ五町二八間余、家数一〇一、ほかに町役人無役屋敷・定使無役屋敷各一がある。太田口門の木戸守は岩下清兵衛ら五名で、給畑二反歩ずつを与えられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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