日本歴史地名大系 「塩冶市」の解説 塩冶市えんやいち 島根県:出雲市塩冶市中世の塩冶郷は斐伊川・神戸(かんど)川による巨大な河川交通の拠点であり、両河川を通じて出雲国山間部のみならず備後・安芸・石見各国とも直接的なつながりをもっていた。また郷内を山陰道が東西に貫き、地域的流通の結節点であった。このような地域には市場が存在するのが一般的であるが、塩冶郷の場合これを直接に示す史料は確認できない。しかし近世に作成された慶長一四年(一六〇九)一一月一二日の民部某安堵状写(工藤家文書)に「塩冶・中村両市目代職」とあり、一六世紀初頭にはすでに市目代が置かれているところから、中世に塩冶市が存在したことは間違いない。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報