塩気村(読み)しおけむら

日本歴史地名大系 「塩気村」の解説

塩気村
しおけむら

[現在地名]柵原町塩気

藤田上ふじたかみ下村から湯郷ゆのごう(現英田郡美作町)に通じる道が村内を通り、西は重藤しげとう村、南は吉留よしどめ村に接する。正保郷帳に村名がみえ、田一〇一石余・畑三三石余。元禄一〇年(一六九七)美作国郡村高辻帳では改出高・開高合せて三五石余、村位は下。津山藩森氏断絶後は幕府領、元禄一四年甲斐甲府藩主徳川綱豊領、延享二年(一七四五)播磨三日月藩預、明和七年(一七七〇)大坂城代久世氏領、安永三年(一七七四)幕府領、天明五年(一七八五)下総関宿藩主久世氏領、文化一四年(一八一七)津山藩領(美作国郷村支配記)

岡田文書の百姓名書上をみると、元禄一六年は一六人、文政八年(一八二五)には二三人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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